アレルギーの歴史

アレルギーの原点は・・・古代からつながるアレルギーの歴史

古代エジプトのメネス王は、ハチ毒アナフィラキシーで死亡した?

メネス王

現在、メネス王とされる石膏像はパリのルーブル美術館に所蔵されている

メネス王はエジプト第1王朝の始祖と考えられている人物で、紀元前2641年頃にアシナガバチかスズメバチに刺されて死亡したと考えられる記録が存在する。これは、昆虫毒によるアナフィラキシー(全身のアレルギー反応)の最初の記録で、アレルギー反応に関する人類史上最初の記録といえるかもしれない。

“変わった反応”であるアレルギー

ピルケ(1874-1929年、オーストリア)
ピルケ(1874-1929年、オーストリア)

アレルギー(allergy)とは、ギリシャ語のallos〈変わった〉とergo〈反応〉とに由来する言葉で、「変わった反応」という意味である。何に対して変わった反応かと言えば、免疫(immunity)に対してで、本来、疫より逃れるための機序により疾病が起こることからこの名がつけられた。アレルギーという言葉を初めて用いたのはピルケで、1906年にAllergieと題する論文の中で用いた。また、アナフィキラシー〈anaphylaxis〉はana〈反対・無〉とphylaxis〈防御・保護〉とに由来する言葉で、無防御という意味であり、1902年にポータとリシェが命名した。

コカ(1875-1959年、アメリカ)
コカ(1875-1959年、アメリカ)

アトピー(atopy)とは、ギリシャ語のatopos〈場の外、変わった〉に由来し、奇妙な疫病という意味で、1923年にコカが提唱した言葉である。

アトピーに関与するIgEを発見したのは日本人!

石坂夫妻

アトピーは、一定の物質に対する特有の先天性過敏症に対して命名された言葉で、枯草熱と喘息を対象とした。遺伝的素因と季節性を認め、特異的感作物質と考えられたレアギンが存在する一群を意味した。このアトピーに関与する因子であるレアギンは、1967年に石坂公成・照子夫妻により、新しい免疫グロブリンIgEであることが明らかにされた。

【1986年のスナップ写真】右から、石坂公成(いしざかきみしげ)先生(IgE発見者)、石坂照子(いしざかてるこ)先生(IgE発見者)、江田昭英(こうだあきひで)先生(黒沢所長薬学博士取得の指導者)、黒沢元博所長

現在は・・・増加するアレルギー疾患患者!

アレルギー疾患患者の割合は日本国民の30パーセントを超える。わが国のみでなく、欧米の先進諸国はもちろん、開発途上国でも同様に増加傾向が見られ、世界的な対応が必要である。一方近年のアレルギー学の進歩により、IgEに依存するアレルギー反応には即時相と遅発相が存在することが明らかになり、アレルギー疾患の複雑な臨床症状の発現機序も解明されつつある。

疾患 臨床症状
即時相 遅発相
アレルギー性鼻炎・花粉症即時相 くしゃみ、鼻汁、鼻閉 鼻閉(鼻づまりのこと)
気管支喘息 気道収縮 気道炎症、気道過敏性
じんましん そう痒(かゆみのこと)、発赤、膨疹 膨疹
アトピー性皮膚炎 慢性湿疹
アレルギー性結膜炎 充血、そう痒、浮腫 角結膜障害?

これからは・・・アレルギーに対し世界的に対応!

シドニー

2000年10月シドニーにおいて開催された第17回国際アレルギー臨床免疫学会(ICACI 2000)において、世界的に増加するアレルギー疾患に対応するため、World Allergy Awareness Dayが設立された。また、学会組織名も International Associaton of Allergy and Clinical Immunology (IAACI)から、The World Allergy Organization (WAO)と改名された。アレルギー疾患に対する世界的な対応が容易になることが期待される。